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はるのあした

涵之如海 養之如春

育児にまつわることの「いい加減さ」

赤ちゃんが泣くのと寝るのは仕事です、とは産院でお世話になった助産師さんの言葉。その割にはその仕事をサボる、案外それができないのが赤ちゃん。赤ちゃんが寝ないのは親の不眠体質が遺伝してるわけでもなくて、たんに睡眠自体が未発達だったりとか、寝ない時は何をしても寝ないし、泣きすぎて体力を消耗してくれるまで待っていたほうが楽なこともあった気がします。ただ自分の子はわりと理屈っぽい子で、来客があったとか、おでかけでうるさいところに連れていかざるをえなかったとか、昼間何か怖いものを見たとか、何かしら理由があって泣く分それで「ああそういうことね」と親が納得しやすい分そこだけは楽です。結局泣く時は泣くんですが。


で、育児とか妊娠にまつわる話って、こうして考えるとつじつまがあうけど、別に深い根拠があるわけじゃないとか、こうして考えたほうが、とらえたほうが(親が)楽、科学的に根拠がある話、経験論などがごっちゃになっていて、なんていうか、ひじょうにカオス。人間相手なのでひとりひとり個性があって、理論みたいにうまく定式化できないことも多い。なんとなくこういう子が多い、みたいなケーススタディ的な括り方しかしようがない。よその子はよその子、うちの子はうちの子なりの個性がある、としか*1。ただそういう正誤どっちともつかないこと、まともなことが渾然一体になった「いい加減さ」で、精神的に親が救われることもあるし、なんか変なこと言われたな、と思うこともある。なので、なんか変なことを言われても、あまり真に受けないでてきとうにスルーする能力がついてくるし、自分にとって都合のいい考え方はどんどん受け入れるようにもなります。


前述の赤ちゃんが泣くことについては、自治体の保健師さんから言われたことが割と納得感があったので引用しておきます。


赤ちゃんは体の神経ネットワークが発達中で本人の思い通りに体を動かせない、それでおむつが濡れて気持ち悪いとか、お腹がすいたとか、眠いけど一人で眠れない、自分一人で何もできない、さらにそれをどう表現したらいいかわからないイライラで泣くんです。だんだん体が動かせるようになって、言葉もおぼえて、自分のしたいことができるようになって、思いを伝えられるようになると泣かなくなります。


最近の自分の子どもは5ヶ月を過ぎてはいはいの練習に余念がなく、ずり這いであちこち移動するようになり、目が離せないといえば離せないけど、喃語にパターンがでてきて多少親が理解できる分(おむつが濡れるとあーうー言うし、おしりがかぶれて痛いとか、もう我慢ならないくらい辛い時はまんまーとか言う)、確かに泣かなくなりました。まあ嫌なことがあれば、それはそれで泣きますが。子どもにとって自分がやりたいことができるようになって、表現できること、親とコミュニケーションがとれるようになってくればそりゃ本人もイライラも減るから、無駄にキレて泣く必要もないわけね。

ということで、最近は「赤ちゃん」という哺乳類と関わっているというよりは、人間の子どもと同居して付き合っている感じ、になってきました。親にもなついて抱きついてくるし、かわいい。とてもかわいい。なんか言い方ひどいけど。

*1:なのでニセ科学とかが沸いて寄生できる隙間がある