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はるのあした

涵之如海 養之如春

子どもも泣きたい時があるけど親も泣きたい時がある

http://konozama.jp/amazon_devil/2012/07/post-267.html

まだ親として、3ヶ月しか我が子と関わってませんが、子どもってのはとにかくほんとによく泣くものです。この記事にある子どもが泣いてるのは、多分はてぶの指摘にもあったように、母親に全力で甘えている証拠だと思います。うちの子も毎日いろんな理由で泣きますが、わずか生後3ヶ月でもこの記事にあるような「眠くて疲れたのでなんとかして」という泣き方があります。親がどんなに疲れていようが、とにかく自分の都合で泣いて親を呼ぶのが子どもです。


エントリにある子どもは電車に乗ったり、外に連れ出せるぐらいだから、その子が生まれてからずっと、お母さんはさんざんいろんなことで泣く子どもとつきあってきているとおもうし、その子のことは、お母さんが一番よくわかってるんじゃないかなあ、そこは自分も自信を持っていきたい。


子どもが泣くのは子どもがいると「よくある日常」の一つなんですが、電車の中はいろんな人のいろんな日常がごった混ぜになってるんで、「みっともない」と捉える人も乗ってくるし、その人にとっては子ども自体が非日常だろうし。その視線がささると辛いよなあと。


とかいろいろ思いますが、実際自分が親になってみると、親も人間なのでやっぱり子育てで疲れている時、余裕が無い時はあります。そもそも「親」ってのは案外パーフェクトな存在ではないし、自分が子どもだったときを振り返ると、自分の親もけっして常に100%パーフェクトなものではなかった(尊敬はしていますが)。


子どもも人間だし、親も人間で、それぞれ個性を持っているから、お互いいつも相性があっていて、わかりあっていて、母親が子どものすべてを分かっているわけではない。どんなに母親が思いはかって、色々尽くしても子どものギャン泣きは止まらない時はなかなか止まらない、そんなもんだろーなー、と子どもを抱っこしすぎて両腕腱鞘炎、右膝にバンテリン、産後のゆるんでずれた骨盤を接骨院で治療しつつ思います。


自分も親と名乗ってはいますが、所詮子どもの年齢分だけしか親の経験が無いので、そりゃ至らないこと、人間としてたった30数年しか生きてないので、そもそも未熟なところは自分自身、多々あります。だけど人間は、人間として人格が(多少なりともまともに)成熟する頃には生殖機能を失っているので、未熟なら未熟なりに、子どもができたら育てるしかない。


いやだからって人間として未熟だから居直って子どもギャン泣きを放置してもよい、世間の迷惑をかけてもいいってことじゃないですよ。経験が浅いなりに、未熟なりに、世間の迷惑にならないように、あるいは子どもが嫌がっていることを取り除くように、子どもが笑ってくれるように、毎回子どものギャン泣きを素早く止めているわけではないけど、できるだけ子どもの不快をしずめるように最善はつくすんですよ、当然。そういうものかなと。