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はるのあした

涵之如海 養之如春

子どもを産んだら肩の力がぬけた

フルタイムで復職してだいぶ経ちました。子育てが大変なのはデフォで、そこはわりとネットにいっぱい転がってて、似たようなことをぐだぐだ書いてもいいんですが、今回は子どもを産んで何が良かったか、ということを書いてみようかと思います。


子どもがいると「良い娘」であることを辞められる

いやーよかったほんとに。これやってるのしんどかった。


社会にでるとわかりますが、(日本企業だと特に)自分が結婚しているか、子どもがいるか、ということでこの人は「女の子」なのか、「女性」か、「妻」か、「母」であるか、+社会人だっていう属性の足し算と掛け算をされて、勝手にその人のプロファイルをされることが多いものです。これ、つかれるのよほんと。男の人もそうだけど。


で、何が疲れるかというと、子どもがいない女性に対して、おじさんたちは、「素直な良い娘」というポジションを女性に暗に要請するところがあるのです。まじめんどい。なにがめんどいかと言うと、それを女性側も無意識のうちに、それを演じたほうが自分の社内での立場がそれでよくなるので、そうなるように演じることがある。これってうまく説明できないけど、結構共依存的なんじゃないかと思っています。


素直な良い娘、っていつまで演じればいいんですかね、20代の若いうちならいいけど、30代にもなれば運動習慣がなければ基礎代謝量は落ちて肉もたるみ、垂れ始める胸、肌もシミやくすみがないわけじゃない、ストレスだってわりと体にひびくこともある。そういう自分の加齢とか、勤続年数とともに、地味に少しずつ自分に蓄積する疲れを目にしながら、私たちはいつまでゆるふわコンサバ服を着て、髪の毛も伸ばして女の子らしく、おじさんウケを考えなきゃいけないんだろう。そんな社内営業をしなくても会社で生きていけるほど、自分が仕事ができることに、たいがいは、自信があるわけではない。


おそらく、これをそのまま続けて40代、50代をむかえると、それなりに痛々しく、妙に若く、しかし年は取っている、若くあろうと全身を鍛え、服装やアクセサリー、化粧で「女性」を武装した奇観が期待されるのではないか。


…そこまで想像したら、疲れました。…そのあと、子どもができました。


妊娠が発覚して産休に入るまでのひどいつわりと激務は本題とそれるのでおいといて、その後産休、育休、復職。


復職してみたら、肩の力がぬけました。どうも、「お母さん」属性が自分についているらしい。相手も、自分のことを、もう、娘っこだと思ってない。自分はもう社内の「娘」ではないので、好きでもないゆるふわコンサバ服を選ばなくてもいいし、髪の毛もショートカットでいい、いつまでも「女性」であることを外側に武装しなくていい。やったね!ZUCCAとか着るよ!自分が産める性を持って哺乳類として産まれてきて、とりあえず子孫1匹産んだから、(ものすごく平たく言うと)もう女としての色気とか放出しなくていいや、って感じになりました。


むしろ、今の自分の属性が「お母さん」になってから、結構言いたいことも言える。伝わる言い方を、色々考える。よくわかんないけど、根拠の無い自信がある。産む前とくらべて、ものすごいオプティミストになりました。


いやだいたいWMって忙しいから、ちょっとおじさんや、自分より若い人がなんか言ってきてもなんかてきとうに流せる、てかそれどころじゃないから子どもとかいるし。子どもの理不尽さに比べれば会社の人は日本語通じるし。ちょっとした人の言動とかでイラっとしたり、無駄に傷つくことが圧倒的に減りました。


子どもができる前は、いくら仕事をしても、やってもやっても、イライラしたり、妙にパワーが有り余ってる感じ*1がしたんですが、子ども産んで育てながら働いてると結構パワー消費するし。てか、復職してからの方が仕事増えてるし!どうして!ふしぎ!ねんこうじょれつまじこわい!なんか、自分のもってるパワーの持って行き所に、無駄がなくなりました。まさに高効率化!省エネ!


ということで、まとめます。
・子どもを産むと、楽観的になります。
・加齢も老化も、もう怖くないです。見苦しくない程度に、ケアできればいいです。
・職場の皆さんは日本語が通じるので、実はいい人たちばかりです。
・「お母さん」属性は男だらけの職場で便利です。
・結構子どもにパワーもってかれます。マジで。

こんなとこでしょうか。それではみなさまには、悩むぐらいなら産んでしまえ、産めば子どもが鍛えてくれる、と最後にお伝えしてこのエントリの〆とさせていただきます。

*1:クンダリニが偏ったり、変な出方をしてる感じ